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TIRとはどんなものですか?
TIRは、従来のセラピーと比べると比較的時間のかからない方法で、過去の精神的或いは肉体的な痛み、時にはその両方が合わさった経験となった出来事から生じるトラウマ(心的外傷)から生じるストレスを効果的に低減させることができます。
それは、完全に安心して話のできる環境で、何かに注意をそらされたり、誰かに判断されたり、解釈を加えられたりすることなく、過去のトラウマを再体験することを伴います。
精神的または肉体的に苦痛を伴う出来事が起きたとき、人は、完全にそれに直面して痛みを甘んじて受けるか、さもなくばそもそもその出来事に気がつくことを妨げるような何かを試みるという二つの選択肢があります。
最初のケースでは、何が起こったかを経験するためのアクション(知覚して理解する過程)は、出来事を味わい尽くすことを意味し、それによって、出来事は、過去のものとなるのです。
しかしながら、2番目のケースでは、その出来事を体験するためのアクションはブロックされてしまいます。
すなわち、人は経験したという事実そのものを抑圧することで、その出来事を経験しなかったことにしようとする意図を持つのですが、それによって結果的にその出来事そのものを心の中に存在させてしまうことになり、その出来事が現在進行中の出来事として心の中に存在し続けることになります。
このようなトラウマを生じさせる出来事は、マイナスな効果を生み出し続けることがあります。
私たちは、このような出来事は、「抑圧された、完了されていない意思」と定義された重荷を伴っていると考えています。
このブロックする行動は、自己防衛の衝動です。
これはある程度は機能しますが、私たちの興味と気づきを過去の出来事と結びつける結果になります。
これによって、気づきの能力、現在にうまく対応する能力、現在の環境を楽しむ能力を鈍らせる効果が発生してしまいます。
きちんと体験され尽くしていない、解決されていない過去のイベントが、私たちのエネルギーと意思を縛り付けるのです。
トラウマティックインシデントリダクション(TIR、こころのきずぐすり)は、安全な空間と、何が感じないように、或いは経験しなかったかのようにブロックされてきたのかを完全に明らかにするための手段を提供します。
きちんと体験し直すことによって、過去の出来事は、その時点に我々を縛り付けることによって私たちを傷つける力を失います。
その過程で、私たちは、過去のトラウマに含まれる抵抗や痛みを伴う感情、否定的な感情を解き放つことができます。
出来事が完全に味わい尽くされる時点で、私たちは私たちの注意がもはやその出来事にスタックしなくなったことを感じると同時に、しばしば、ある種の気づきを得ます。
これは、 エンドポイントと呼ばれています。
現在の困難が過去のトラウマを引き起こすような出来事から生じているかもしれないという考え方は新しいものではありませんが、ベトナム帰還兵などが直面する主要な問題として、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)が認知されたことによって、高い関心を集めるようになりました。
トラウマを受けたことで影響を受けるという現象がいったん明確に認識されると、PTSDは帰還兵以外の強姦の被害者や自然災害で被害を受けた人たちなどの間でも、容易に存在が確認されました。
PTSDに苦しむ人々は、彼らのトラウマの現在も続くコントロールすることのできない記憶によって、激しく無力化されています。
事実上、彼らは、その出来事を追体験し続けているのです。
PTSDとフラッシュバックを伴う全ての種類のトラウマをかかえた人々は、おそらくもっともドラマチックな過去を生きる人たちの例となるでしょうが、その現象そのものは、普通の生活をする人々にとっても非常に一般的です。
普通の生活でも、ほとんどの人々は、色々な強度で、否定的な感覚や行動を伴う過去のトラウマを、瞬間的に或いは長期にわたる追体験として経験させられているのです。
TIRは過去の出来事について、その人が、PTSDと診断されたかどうかにはかかわらず、認知、感情、知覚、または他の内容について精査し、それらに含まれた感情的な重荷を減らすかなくすかして、その結果、それらの否定的な結果を取り除くようにデザインされたテクニックです。
大多数のケースで、正しく実施されたTIRはPTSDの徴候の完全で永久的な除去の結果をもたらします。
TIRでは、セッションを提供する人をファシリテータ、クライアントをビューワーと呼びます。ファシリテータは、安全で心地よく、誰にもじゃまされず、判断されたり批評されたりすることなく、過去の体験を振り返るビューイングセッションを行える場を用意する人です。ビューワーは、勇気を持ってその場に立ち、過去の忌まわしい体験を見直します。
セッションでは、ビューワーが、ファシリテータからの刺激を受けてではなく、非常に自然に貴重な洞察を得ることがあるのですが、それが自然なものだからこそ、その洞察そのものを、ビューワーが自分の糧、財産とすることができるのです。
大きな痛みを伴う出来事に完全に直面する手段を提供することによって、TIRは、トラウマから生じるマイナスの影響から解き放ち、その人が前進していくことを可能にします。
過去に起きたトラウマを生じるような出来事の解決は、生活の質を著しく向上させます。
そのため、TIRはしばしばLSR(生活上のストレス軽減を目指すプログラム)に含まれます。
TIRは、どのように、そしてなぜ機能するのですか?
フロイトは、過去のトラウマから回復するには、その出来事を完全に回想する(失われた記憶を回復する)必要があるという理論に基づき彼の業績を成し遂げました。
しかし、彼はなぜ回想が必要なのかという点について説明することはありませんでした。それについて、ガボーディ博士は、来談者中心療法の観点から以下のような説明を提案しました。
トラウマは、定義上、人がそれから尻込みをしたり、フロイトの言葉を借りれば、心の奥底に抑圧してそれに気がつかないようにさせたりするような感情的或いは肉体的な痛みを言います。
事件の「客観的な」記述・説明ではなく、それから尻込みしてしまうことが、トラウマを生み出しています。
従って、個人にとって、最も挑戦的で刺激的な体験は、トラウマティックなものかもしれません。
そのような人にとっては、トラウマを受けた経験ががそうと認識されているか否かに関わらず、直面しそれを乗り越えることは単なる挑戦にすぎません。
来談者中心療法から、その人の意思は活動の最も根底に近く、主観的な部分です。
意思の流れは、もし、私がレースに勝ちたいと決心したら、私の筋肉の様々な動きを司り、私の体を前に押し出そうとリードし、そして最終的には、他のレーサーをも前に引っ張る働きなど、全てを使って勝利しろということを意味します。
言い換えれば、意思は行動の始まりであって、、結果は肉体的にはっきり現われ外に向かって流れ出します。
その活動は、それに対応する意思が存在する限り、長く続きます。
それは、それぞれの進行中の意思のために、今、この世の一部として続く活動(少なくとも精神的なもの)が存在することを意味します。

実際には、彼らが結びつけられている活動に関して、人々が主観的に時間を定義します。
時間というのは、客観的には特徴のない連続したものです。
しかし、主観的には、時間は「期間」として細かく区切られています。
あらゆる特定の行動には(そしてあらゆる特定の意思にも)それを行った(考えた)対応する一定の期間があり、あなたが意思を持ち続ける限り、その意思によって定義された一つの期間の中にあなたはとどまり続けます。
その意思を整理することで始まった一定の期間を頼りにして考えると、意思そのものがあなたをそこに縛り付けるのです。
その意思を終わりにするには、たった二つの方法しかありません。
(1)意思を全うし、自然に終了する。
あなたは、あなたがレースに勝った後も、レースに勝ちたいという気持ちを維持することができます。
(2)勝利を収めることができず、意思を全うできなかった場合でも、あなたは、これ以上を勝ちたいという意思を持ち続けることをやめて、終わりにすることができます。
しかし、これは、意識的な決断を必要とします。
あなたは意思の存在と、なぜそれを作り出したかを認識しなくてはなりません。
しかし、もし、意思が抑圧されたトラウマの中心に埋め込まれていたらどうでしょう?
このような場合は、ケース(1)でもケース(2)でも条件を満たすことができず、意思は無期限に継続されていきます。
人がその意思によって定義づけられた期間の中にとどまり続けるのですが、つまりは、そのトラウマを生じさせるような体験の中にとどまり続けてしまうのです。
出来事は、現在の一部のように中に漂い、意識的であれ、無意識にであれ、その人が中にとどまりつけている以上、簡単に想起されます。
人がその期間から(そしてトラウマと結びつけられている意思や、感覚や、振る舞いから)抜け出すたった一つの方法は、その出来事と向き合うことです。それによって 1.そのときにどんな意思が形成されたか。 2.それらはなぜ、そのときに形成されたのか。
次に、そしてその次にだけ、私たちは、上記の(2)の条件を満たし、その意思を終わらせ、人はその意図を手放すことができます。
徹底した回想がなくては、条件(2)が満たされることはありません。
ベーシックTIRは、私たちが何が起こったかを知っている出来事に用います。たとえば、車の事故、人間関係がひどい形で終わったこと、医療処置の不快感・痛み、愛する者との別れ、戦争で戦っているときの出来事、失職、仕事や学校での失敗、恐ろしい診断を受けることなど。
ベーシックTIRでは、私たちは過去のトラウマを生じさせた出来事を、その力、痛み、抵抗などを完全に失わせるまでセッションを続けてエンドポイントに到達します。
時には、もっと昔に同じような内容を含む別の出来事が存在し、最初に対象とした出来事と何かの形で繋がって居る場合があります。
このような過去の出来事は、長年の思い出すこともなかったようなものかもしれません。
もし、過去の出来事が浮かび上がってきた場合は、それに対しても同じようにエンドポイントに達するまでセッションを継続します。
望ましくない感覚
時には私たちはそれらの基礎にある出来事について気がつく必要もないのに、望ましくない感情、激情、感覚、態度、痛みを感じることがあります。
事柄に対応するTIRでは、これらの望ましくない感覚について一般的な「テーマ」或いは感覚として、いくつもの出来事が同じ感覚を鍵に浮かび上がってくるのを順番に、力と抵抗が減り、それらの全てがエンドポイントに達するまでセッションによって対処します。
ベーシックと事柄に対応するTIRの両方が、LSR(生活上のストレス削減プログラム)の中で利用されます。
正しく訓練を受けたファシリテータにあなたにとってTIRが正しいチョイスかどうか相談してください。
もし違えば、日常生活で困難を感じることや、あなた自身の能力の発揮を助け、生活の質を向上させうるあなたが用いることができるたくさんの他のテクニックを使って、TIRを使う準備をすることができます。 |
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